誇り高い八重山の民・大和の民・雑誌致知より・尖閣問題

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尖閣問題があります。



雑誌ですばらしいお話が載っていたので。



 占部賢志(福岡県太宰府高等学校教諭)
           
           『致知』2011年1月号
            連載「語り継ぎたい美しい日本人の物語」より
            http://www.chichi.co.jp/pro-urabe.html


………………………………………………………………………………………………

 ……以上の歴史を前にして
 なおかつ中国政府および台湾の一部の勢力が
 尖閣諸島の領有を言い募るのであれば、
 古賀善次(島の開発に尽力した古賀辰四郎の息子)
 が遺した次の証言を見よと言いたい。


 「大正8年、中国福建省の漁船が、
  尖閣列島沖合いで難破しました。
  そのとき、たまたま私の船がそれを発見し、
  難破船と31人の乗組員を助けて
  石垣島へとつれてきて、手厚い保護をしました。
  
  私だけでなく、石垣の人たちも彼等を
  親切にもてなし、修理をおえた船とともに
  中国へ返してやったのです。

  翌年ですよ、中国政府から私をはじめ
  石垣の関係者に感謝状が送られてきましてね。
 
  その宛名は、日本帝国沖縄県八重山群尖閣列島でしたよ。
 
  いま中国がいっている魚釣台ではなく、
  ちゃんと尖閣列島になっています。
  個人の手紙ではありません。
  政府としての感謝状です」


 ここに紹介された中国政府から贈られた
 「感謝状」は現在も保存されています。
 今を遡ること90年前から、
 中国は尖閣諸島は日本の領土であると
 認識していた決定的な証拠にほかなりません。


         (略)


 重ねて言いたい。尖閣諸島開拓のパオイニアは
 わが国の古賀四郎・善次父子だったのです。
 この先覚者の偉業を思う時、
 直面する領土侵犯は忽(ゆるが)せにはできない
 課題として我々に迫ります。

 

全文引用・雑誌致知より抜粋。



今晩子供にも話すつもりです。



愛とか友とか言葉はありますが・・。



人の道とは何か・・でしょうか。背筋が伸びました。

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